現在83歳、現役AV女優の小笠原祐子さん。BSスカパー番組『田村淳の地上波ではダメ絶対』にゲスト出演したり、なぜかフランス国営放送にまで出演したこともある、知る人ぞ知る世界最高齢のAV女優です。

小笠原さんは、2016年の80歳の時に熟女AVメーカーのRUBY(ルビー)でAVデビューを果たし、それ以降は年に1本ペースでAV出演しています。撮影現場には自ら車を運転して高速道路を乗り継いでやってきて、朝早くに仕込んだ唐揚げや筑前煮などの料理の数々をスタッフに振る舞い、みんなに“ママ”と呼ばれて慕われているとか。

デビューの経緯はなんだったの? 戦中戦後も体験されてどんな激動の人生を歩んできたの?? 気になるアレコレを3時間以上にも及ぶインタビューを敢行、まず第一回目は衝撃のAVデビューに至るまでのお話です。


こちらが2016年にデビュー当時の小笠原さんのAVデビュー作です!
 “八十路初撮り”の文字が眩しいです!


――AVデビューの経緯はなんだったのでしょうか?
小笠原祐子(以下、小笠原)「夫が59歳で早くに亡くなっちゃって、60代でスナックを経営したの。そこによく手伝いに来ていた美容師のお友達が“ママ、女優にならない?”なんて誘ってきてね。最初は断ってたけど、2年くらいしつこくずーっと誘ってくるのよ。それである時、その美容師がRUBYのスタッフを連れてきて“撮影現場に遊びにきて下さい”なんて言うもんだから遊びに行ったら、アレよと言う間に出る羽目に。罠にハマったのよ(笑)」

――2年越しの出演でしたか! ではAVに出ることはかなり抵抗感があった?
小笠原「そりゃそうよ。おばあさんが裸になってどうするの、冗談じゃないわって。でも、RUBYの人が“おばあさんが大好きな若者の男性もいるのです”と熱心に説明してくれるから“出るならイケメン、アソコはデカい子がいい”ってオーダーしたのよ。なんせ、私の夫、パパのアソコはとっても立派だったからねー! あのサイズじゃなきゃ合わないのよ」


小笠原さんのご要望に合わせて用意されたイケメン男優。
でも「アソコのサイズはもう少しほしかったわね」とか


――なるほど! もともとセックスはお好きだったのでしょうか。
小笠原「23歳で結婚するまでは処女だったの。好きもなにも新婚時代は一日4回セックスが当たり前で、パパが58歳で入院するまで1日たりともセックスを欠かしたことがなかった。パパは入院した時“ママ、抱いてあげられなくてごめん”なんて言ってたくらいよ」

――めっちゃイイ話じゃないですか…。今の時代は夫婦間での“セックスレス問題”があったりしますが、そんなの信じられないという感じ?
小笠原「そんなの全然わかんないわ。私は子供は3人産みましたけど、産んだ後もすぐヤるもんだから妊娠しちゃうのは当然で、ここだけの話、3人の間に4人も間引きしたのよ。年子を育てることなんて絶対に無理だって思ったから、4歳間隔で産んの。産めなかった子には可哀想なことをしたわよね」

――産後、体質が変わって、濡れなくて痛いなんてこともなかったんですね。
小笠原「なかったわね。はいはい。体っていうか穴を貸すわってなもんで、こちらは疲れて先に寝ちゃうなんてこともあったわ。パパはどんなに疲れてても酔ってても、必ず私を抱いてから寝たからね」

――なるほど。メーカーさんの話によれば、今もローションいらずで濡れ濡れだとか。
小笠原「そうね。ローションなんてヌルヌルした感覚が気持ち悪いわよ。始まればいつだって受け入れ態勢なのは昔から変わらないわ」

――パパとのセックスがなくなって寂しくてオナニーとか、そんなことは…?
小笠原「一人ですることはなかったねえ。つまらないじゃない」

――では、AV出演時は“パパごめんね”とかパパに後ろめたい思いはありませんでしたか?
小笠原「全然(笑)! なにー、そんなの出てるの?ってなモンじゃない(笑)?」

――実際にAVに出てみて驚いたことなどありましたか?
小笠原「パパは見てたけど私はAVなんて見たこともなかった。どんなもんかも知らなかったから驚くこともないわ。ただ、どんなイケメンの男優もパパのアソコには叶わない。パパのが私にとって最高の1本ね!」

――最高の1本…。ちなみに今もスナック経営をなさっているのですか?
小笠原「スナックは60歳で始めて7年間やったわ。今はその当時の大学生のお客さんから綿々と続く、スポーツ系のサークルに入ってる男の子達のお弁当を作ってます。休み以外は毎日のように5〜10人分のお弁当を作るんですね。わりと好評なんですよ」

――では、AV出演とそれらのお弁当作りで生計を立てている感じで?
小笠原「AVだって年に1本しか出ないしお弁当作りして得られるお金だって微々たるものだからね。けどまあ、そんな無理な暮らししなければやってけるわよ」


毎日バッチリメイクの小笠原ママ。
若さの秘訣は「大学生のお弁当を作ったり若い子と話すことよ!」という


――AVはお金に困って出たってわけじゃないのですね。
小笠原「そんな理由で出るわけないでしょう(笑)」

――でも、今の時代はそういう理由で出られる熟女女優は多いですよ。
小笠原「私は依頼が来るから出るだけです」

――金融庁発表の「老後資金は2000万円が必要」についても問題なしで?
小笠原「孫もひ孫もいて2000万円なんて残るわけない(笑)! もちろん数年前までそれ以上は残ってたよ、でも生きてりゃ不測の事態が起こるわけ。数年前に数千万円がパーになったことがあって。そんなもんよ。貯めてたってなくなるの。そんなことより臨機応変にどう判断して動くか、生命力の強さと英断力の方が大事ね」

――でもその発表で世間は戦々恐々としてるわけですが。
小笠原「世の中がどうなろうと、私は不安や不満を感じたことがない。この歳になったら自分だよ。自分がどう生きていくか。自分にしかわからない。人は誰もやってくれないし助けてくれないんだから。身内だって助けてなんかくれないんだからね!」

――老後に不安はないと。
小笠原「今が老後だよ(笑)。不安なんて全然ない。そんなの思ったところで何になるの? 私の人生は小さい頃から親の都合で転勤だらけ。自分を巡る環境がコロコロと変わることにいちいちイライラしてたら命がいくつあっても足りなかった。引越し先では一番にその土地の言葉を覚え、愛想よく振りまき、その土地の人間関係に入り込めるように努めてきたの。不安だ何だと不平を述べるほど暇な人生を送ってないのよ」

――今までの人生を振り返ってみて、いかがですか。
小笠原「主人は家族や家庭を大事にする人で、私が海で泳ぐのが大好きだったのを思って夏の休暇は岩手県宮古市の浄土ヶ浜を皮切りに、毎年のように全国の海に連れて行ってくれました。主人との人生を第一としたら、スナックを長らく経営したことが第二の人生ですし、第三の人生は最終のAVの仕事で私を拾ってくれた会社に感謝していますよ。だからね、人生なんてのは自分が求めずとも、おのずとそうなっていくもので、それを受け入れるかどうかなのかもしれないわ。その瞬間瞬間を、楽しむことよ」


「パパは毎日きっちり18時に帰ってきて晩酌したわ」とママ。


自宅には結婚生活35年間の思い出が詰まったアルバムがどっさり

なんと深いお言葉でしょう。次回では小笠原ママの生い立ちから現在に至るまでのお話を伺います!

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